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Section 2.5 剰余群

なんらかの対象を、別の対象と同じものとしてみなしたいという意識は、数学の至る所に登場する。それは群論においても同様である。この節では、集合の元同士にある種の関係を定義し、その集合を互いに素なものに分割する「同値関係」という概念を学ぶ。
一般の同値関係を考える前に、mod演算を復習する。より丁寧で詳しい解説はOgonek:Macron氏のnoteを参照のこと。
正の整数\(n\)をとる。\(x,y\in \mathbb Z\)に関して、\(x-y\)\(n\)で割り切れるとき、\(x \equiv y \pmod n\)と書くのだった。この記号で無限環である\(\mathbb Z\)の元をあまりの概念を用いてグループ分けし、構造を大幅に簡略化していることがわかるであろう。
mod演算はこのように、状況に応じて整数の構造を簡略化することで、より高度な概念を簡単に考えられる定式化である。「LTEの補題」はその典型例であり、数論の「楕円曲線論」という分野で使用されることがある。そのほか、いわゆる数学オリンピックの整数問題において、"Vieta Jumping"などの手法とあわせて絶大な威力を発揮し、問題と出場者のレベルの上昇を起こしたようである。
今見たように、mod演算での整数の分割は豊富な理論をもつ。これを一般の群やその他の代数構造に拡張するため、mod演算の持つ性質を取り出し、同値関係の概念を定義する。

Subsection 2.5.1 同値関係

Definition 2.5.1.

  1. 集合A上の元同士の関係\(\sim\)が次を満たすとき、\(\sim\)\(A\)同値関係(equivalence relation)という。
    1. (反射律).
      \(\displaystyle a \sim a\)
    2. (対称律).
      \(\displaystyle a \sim b \implies b \sim a\)
    3. (推移律).
      \(\displaystyle a \sim b, b\sim c \implies a \sim c\)
  2. \(A\)の同値関係\(\sim\)と任意の\(x\)に対して、集合\(\{y\in A; y\sim x\}\)\(x\)同値類(equivalence class)という。

Remark 2.5.2.

明らかに、modによる整数の分割は同値関係である。つまり、関係\(x\equiv y \pmod n\)は上の定義の条件を全て満たす。実際、
  1. 反射律と対称律は明らか。
  2. \(x-y=nk, y-z=nl \left(k,l\in \mathbb Z\right)\)と書けたとする。
    \begin{equation*} x-z=x-y+y-z=nk-nl=n(k-l) \end{equation*}
    である。
次に、さきほど見た「整数の分割」を、任意の集合に対して一般化する。

Definition 2.5.3.

\(S\)を集合、\(\sim\)をその上の同値関係とする。
  1. \(\sim\)によって作られた同値類の全体を\(S/{\sim}\)と書き、\(S\)\(\sim\)による商(quotient)という。\(S\)の各元に対して\(S/{\sim}\)の集合が1つ対応する。これを\(S\)から\(S/{\sim}\)への自然な写像(natural map)という。
  2. \(S/{\sim}\)の元\(C\)に対し、\(x\in C\)となる元を\(C\)の代表元という。これは同値類をラベリングするだけの元なので適当に選んでよい。
  3. \(S\)の部分集合が各同値類の代表元をちょうど1つずつ含むなら、それを\(\sim\)完全代表系(representative)という。
選択公理(第2章4節)より、すべての同値類から代表元を1つずつ選ぶことが可能である。よって、ZFCでは完全代表系は常に存在する。

Subsection 2.5.2 剰余類

群の剰余類を定義しよう。まだこれは剰余群の定義ではない。

Definition 2.5.4.

\(G\)を群、\(H\)をその部分群、\(x,y\in G\)とする。\(x^{-1}y\in H\)であるとき、\(x\sim y\)と定義する。これは明らかに同値関係であり、商集合\(G/H:=G/{\sim}\)\(G\)\(H\)による左剰余類(left quotient class)という。同様に\(y^{-1}x\in H\)も同値関係となり、商集合をとることによって右剰余類を定義できる。
明らかに、\(G\)が可換なら右剰余類と左剰余類は一致する。

Definition 2.5.5.

\(G\)を群、\(H\)をその部分群とする。任意の\(g\in G, h\in H\)に対して\(ghg^{-1}\in H\)となるとき、\(H\)\(G\)正規部分群(normal subgroup)であるといい、\(H \triangleleft G\)と書く。
\(G\)が可換なら\(ghg^{-1}=gg^{-1}h=h\)なので、\(H\)は常に正規部分群である。

Proof.

\(h\in \ker(\phi), g\in G_1\)をとる。 \(\phi(ghg^{-1})=\phi(g)\phi(g)^{-1}\phi(h)=1_{G_1}\)であり、\(1_{G_1}\in \ker(\phi)\)なので示せた。

Subsection 2.5.3 剰余群

では、お待ちかねの剰余群を定義しよう。そのために次の補題を示す。

Proof.

\(n\in N\)をとる。\(m:=gng^{-1}\)とすると\(m\in N\)で、\(gN\ni mg=gn\in Ng\)である。これで\(gN\subset Ng\)がいえた。同様にして\(Ng\subset gN\)も成り立つ。
上の補題は正規部分群なら剰余類が一致することを言っている。
\(G/N\)の元\(N_1,N_2\)を、それぞれの代表元\(g,h\)をとって\(gN,hN\)と表す。\(gN,hN\)に対する演算を、
\begin{equation*} gNhN=ghN \end{equation*}
で定義する。
さて、勘のいい読者は気づかれたかもしれないが、この演算はwell-definednessが問題になる。どういうことかというと、この演算は要は集合から元を1つ適当に選び(代表元の定義を参照)、それともう1つの代表元をかけているのである。代表元は選び方に特に制約を設けていない以上、異なる元\(g_1,g_2\in N_1\)(\(h\)の場合も同様)を選んで計算しても、最終的にそれらがイコールで結ばれることを証明しないといけないのである。
このように、剰余をとるときにはwell-definednessが絡んでくるのである。以下、その証明を行う。
\(gN,hN\)の元は\(n,n'\in N\)を使うことで\(gn,hn'\)と書ける。すると\(gnhn'=ghh^{-1}nhn'\)だが、\(N\)が正規部分群なので\(h^{-1}nh, h^{-1}nhn\in N\)である。これを用いると\(gnhn'\in ghN\)とでき、両者の剰余類が等しいことがわかる。
\(G/N\)が群となることは明らかである。実際、単位元は\(1_GN=N\)とすればよく、
\begin{equation*} ((gN)(hN))(kN)=(ghN)(kN)=((gh)k)N=(g(hk))N \end{equation*}
なので結合法則が成り立つ。逆元も\(g^{-1}N\)とすればよい。

Definition 2.5.8.

上の考察により定まった群を\(G\)\(N\)による剰余群(quotient group)という。
商集合の定義で触れた自然な写像\(\pi: G\to G/N\)は全射準同型であり、\(\ker (\pi)=N\)である。証明は容易なので、各自が試してみるとよい。